以下に、音楽情報誌「ぶらあぼ」3月号掲載の記事を転載します。
"ラフマニノフとシューベルトのピアノ作品で味わうカンタービレ”
4月に東京文化会館で開かれる東誠三のピアノ・リサイタルは、 昨年4月からの“続編“ と言える内容だ。ラフマニノフの13の前奏曲集op.32(昨年は 10の前奏曲op.23)と、シューベルトは最後のソナタである第21番D960(昨年は第20番)を組み合わせる。
「ラフマニノフとシューベルトは、一見関連性が薄いように思われるかもしれませんが、 どちらも素晴らしい歌曲を残し、 カンタービレの世界を重んじた作曲家です。 ラフマニノフは、シューベルトの歌曲をピアノ用に編曲して愛奏し、尊敬を寄せていました。 時代も国も違う2人ですが、並べて聴くと改めて感じられるものがあります。 とりわけ私が思うのは、 これらの前奏曲やソナタは、世代を超えて訴える力のある音楽だということです。 どんなにテクノロジーが進化しても、血の通った人間なら誰もが持っている強い感情を喚起します」
ラフマニノフはすべての調を網羅する24曲の前奏曲を残した。
「その着想の根底にショパンの前奏曲集があります。 簡潔な小品でありながら 濃密で多様な世界を表したショパンの作品は傑作です。 ラフマニノフはそれを超える作品を目指したのだと思います。op.23よりもいっそう円熟した技法で書かれているop.32は 13曲あります。 明快で誰が聴いても感激するような美しいメロディの第5番、 第12番以外は、あまり知られていないかもしれません。 しかし、 ロシアの広大な大地を吹き荒れる激しい風のような第1番 第6番、第8番、 そうかと思えば穏やかに散歩をしているような第7番、 茫漠としつつも言葉にならない喜びを表している第9番、一生分の深い悲しみと怒りを幾重にも重ねたような第10番、ロシア 正教に基づく彼の傑作「徹夜祷」を彷彿とさせる重厚な和声の第13番など、ラフマニノフがその本心をさらけ出しているかのような作品集なのです。 調の並びはランダムですが、最後の曲は、 若き日に初めて書いた前奏曲の「鐘」へと循環していくような調関係にあります」
シューベルト21番もまた、各楽章が描き出す世界、精神性の振れ幅が大きい。
「極めて神秘的な第1楽章、時間感覚を失わせて生命の終焉を描くような第2楽章、 氷が溶けるように心を緩ませる第3楽章、 童心のように喜び、怒り、 夢見るような第4楽章からなっています。死を目 前にした人間にしか見えない世界観を思わせる作品です。客席の皆さまは、 心を自由に開放し、 身を委ねるようにして、その音楽表現に浸っていただければ嬉しく思います」
取材・文、ぶらあぼ誌:飯田有抄